人生の転機に起きることは、誰にとっても特別な瞬間です。

そして、人生の転機が起きる前には、必ずドン底のような人生を送るという前兆のようなものがあると言われています。

 

僕も過去を振り返ってみると、人生にとって大きな転機が起きる前には、いじめや家庭の借金など何かしら大変な出来事があったように思います。そして、その後で人生が好転するといったことを何度か経験をしています。

 

あのまま何も解決しなかったらどうなってたんだろう…

 

そんな風に考えるとゾッとすることもありますが、なんだかんだで人並みの生活ができてるんだから、今は『人生なんとかなるもんだ』って思うようにしています。

まぁ、僕自身のつたない人生経験を引き合いに出して申し訳ありませんが、世間で言われるような「人生の転機が訪れる前にドン底という前兆がある」という話には、少し誤解があるのではないかと感じるところがあるんですよね(もちろん、誤解していない人もいるとは思いますが…)。

 

ただ、この人生の転機の前のドン底というのは、転機を迎えるための絶対条件ではなくて、ドン底の人生自体は避けられるし、あまり関係ないということです。

ではこれから、人生の転機に起きることについて、多くの人が誤解しているであろうことについて話をさせていただきたいと思います。

人生の転機に起きることの誤解

人生の転機に起きることの誤解

人生の転機に起きることと聞いて、人はどんなことを想うのでしょうか?

要するに、外的要因が人生にに大きな影響を及ぼすということなんでしょうが、多くの人は、その外的要因が自分とは関係ないところからやってくると考えるものです。

そして、人生の転機が訪れる前には、にっちもさっちもいかないようなドン底状態になっているケースが多いとも言われています。

 

たしかにそのこと自体は間違ってはいないでしょう。

ただ、多くの人が誤解していると感じるのは、その外的要因やドン底状態は自分とは関係ないところからやってきているものだと思っているところです。

たとえばサラリーマンの場合、マイホームを購入したばかりなのに、辞令で転勤を告げられたり、突然、会社が倒産したりすれば気分はドン底になります。

 

そういう時、つい自分は被害者だと思いガチですが、その後で脱サラして独立起業して成功すれば、それは結果的に人生にとっての大きな転機となりますし、正にドン底が転機の前の前兆だったと言えるかもしれません。

 

恋愛を例にとってみても同じようなことがあります。

幸せな恋愛だと思っていたのに、ふとしたきっかけで相手が浮気をしていたことを知れば、世界が終わったような暗い気持ちになるでしょう。しかしその後に交際した相手が、生涯の伴侶となれば、それが人生の転機だったと考え直すかもしれません。

 

もちろんこれらは結果論ですし、すべてが同じような転機を迎えられるわけではないでしょう。

しかしながら、ただひとつだけはっきりしていることがあります。

それは、人生の転機も、その前に起きたドン底の人生というのも、他でもない自分が招いたことであるということです。

人生の転機に起きることも、その前兆と言われるドン底の人生も、すべて自分が引き寄せた出来事であり、冷静に考えてみると、避けようと思えば避けられたことかもしれない、ということですね。

 

でもそれってタラレバじゃね?

 

そうツッコまれるかもしれませんが、もちろん、そういうケースもあるのは認めざるを得ません。ただ、過去ではなく、将来を見据えた時に、人生のドン底も転機も自分の意識次第でかなり避けられるのではないかと思うのです。

転機の前兆であるドン底の真実

転機の前兆であるドン底の真実

人生の転機が訪れる前に、前兆としてドン底状態に陥るという話がありますが、これは要するに身から出たサビに他なりません。

冒頭でも話しましたが、僕自身が学生時代に遭ったいじめも、借金を返す日々も、はっきり言って二度と経験したくありませんし、できるだけ他の人にも同じような人生を歩まないようにと思っています。

 

「きれい事を抜かすな!」と言われると困るんですけど、自分に関してはかなりガチでドン底の人生は懲り懲りです。

それに、どのような形だとしても、ドン底状態というのは精神を蝕まれる危険性があるので、できるだけ早くその状態から脱出しなければいけません。

 

マジで病むぜ?

 

よくスポーツ選手がスランプに陥ることってありますが、何か急に出口がわからなくなって、不安だし、自分では解決できないし、とにかくおすすめしない(当たり前か)。

それで、さっきからずっと言っている”ドン底状態になった後に人生の転機がやってくる”という話も気をつける必要があって、ただ耐えているだけの人にはおそらくその人生を覆すだけの転機というものは期待できないんですよ。

 

よく、成功した人が「成功する前に人生のドン底を味わった。アレがあったから成功できた」って話がありますよね。

それはある意味合ってるんですけど、ずっと人生のドン底から抜け出せない人も多いんですよ。それで、そういう人はメディアとかでそういう話をしないから、どうしてもドン底からのV字回復みたいな話ばかりになるんですが、やはりそういう事実もあることを知っていて欲しいんですよ。

 

先に結論を言うと、ドン底は避けるべきなんですよ。

ネガティブな波にはトコトン抵抗していかなくちゃならない。

これが唯一の正しい道なんですね。

 

というか、ドン底⇒V字回復のサクセスストーリーを期待する前に、まず『そのドン底状態を作ってしまったのは自分である』という自覚がなければダメなのです。

もしあなたが今現在ドン底状態なのだとしたら、僕の言っていることは非常に辛辣な内容だと思います。願わくば、素直な気持ちで話を読んでいただきたいと思っています。

 

話を戻すと、人生がドン底状態になる前には、必ずそこへ向かわないようにするためのサインがくるからです。つまり、あなたの人生がドン底に陥らないために、色々な人からアドバイスされていたり、自分の直感がストップをかけていたり、そういった瞬間が必ずあるということです。

僕自身、いじめに遭っていた時はきっと嫌な性格だった部分もあったと思いますし、家庭の借金ができた時も自分ことしか考えない自己中心的な生活をしていたと思います。

その時は自覚がなかったものの、振り返ると、反省すべき点は山ほどありました。

それ以外にも、ドン底とは言わないまでもサラリーマン時代の上司との相性が悪かったことや、長年付き合っていた交際相手に振られたことなど、そこに至る前に色々と対処できることはあったのに、事あるごとに理由をつけて無関心を装っていたのです。

 

ドン底な人生を迎えてしまう理由は、自己中心的な人生を批判されることに対して無関心さを装って抵抗するからに他なりません。

要するに、我関せずといった姿勢で問題を先送りにする人生を送っていた結果、自分自身でドン底の人生へと歩んでいっていたということですね。

 

そして、最悪な状況を迎えたとしても、無関心を装い続ける限り人生の転機は訪れることはありません。そうすると徐々にひねくれた物の見方しかできなくなり、益々自分自身に巣食う問題の要因に気づけなくなる悪循環にハマってしまうようになるのです。

人生の転機のためのドン底など必要ない

人生の転機は行動すること

人生の転機にドン底は必要ありません。

ドン底でも平凡な日常でも、自分の中のやる気スイッチさえ切り替わっていれば、やがてどこかで人生の転機となることが起きるでしょう。

結局、人生の転機に必要なのは、ドン底な状態ではなくその人自身の気持ちなのです。

そうであるならば、わざわざ人生の転機を迎えるためにリスクの高いドン底状態を求める必要はありませんし、それはまったくの遠回りだと言わざるを得ません。

 

つまり、ドン底を迎えるのは『無関心』というスイッチが入っているからです。

ただ、自分の中の気持ちが無関心から行動意欲へと切り替わるためのギリギリのラインがドン底状態なだけなので、そこに至る前に無関心のスイッチをオフにして行動し続けていけば、かならずその行動が人生の転機となる出来事を引き寄せられるようになるということですね。

 

たしかに人生には行動力があってもドン底に落ちてしまう人もいます。しかし、『行動する』というスイッチが入っている限り、必ずどこかで人生の転機を自分の力で引き寄せ、V字回復のストーリーになるはずです。

言い換えると、人生の転機を得るための前兆としてドン底状態を期待するのは間違いであり、話の順番がまったく逆になっているので注意が必要だということですね。

 

最後に、『投資家が「お金」よりも大切にしていること』という本で、著者の藤野英人さんが「谷底の神父」という話をしていたので紹介しましょう。

ある谷底に教会がありました。その教会の神父さんは、何十年もその地域のためにお祈りを捧げていました。

あるとき、何百年に一度という大洪水が起こりました。どんどん水があふれてきます。

村人が教会にやってきて、「神父さん、早く逃げましょう。山のほうに行けば助かります」と言いました。

しかし、神父さんは「大丈夫です。私はずっと神様を信じていますから、絶対に奇跡が起こります」と言って谷底の教会に残り、お祈りを続けました。

ところが、洪水の水は一向に引く気配がありません。ついに水が教会の敷地内にまで入ってきました。

すると、ボートに乗った村人が教会にやってきて、「神父さん、危ないです。このボートに乗って逃げましょう」と助けにきてくれました。

それでも、「いや、大丈夫です。必ず神様が助けてくれますから心配しないでください」と神父さんは言って、屋根の上でお祈りを捧げています。

いよいよ、水が屋根にまで上がってきました。神父さんは屋根の先端の十字架の上まで昇って、お祈りを続けました。

今度は、村人がヘリコプターに乗って、神父さんを助けに来ました。縄ばしごを垂らして、神父さんに「神父さん、死んでしまうから、はしごにつかまってください!本当に助けたいんです!」と懇願します。

しかし、神父さんは「大丈夫です。いまはこういう状況ですが、必ず神様が助けてくれます」と言って、村人の助けを断ります。

結局、神父さんは死んでしまいました。

何十年もお祈りを捧げていたので、天国に行けることになったのですが、天国の入り口で神様に質問をします。

「私はずっと神様のためにお祈りをしてきたのに、どうして奇跡は起きなかったのですか?」

すると、神様は答えました。

「三回も助けをやったぞ」と。

投資家が「お金」よりも大切にしていること (星海社新書)

 

つまり、何が言いたいのかというと、人生の転機は自分で起こすものだということですね。

人生は長いので、一度や二度のドン底は経験するかもしれません。しかし、そこに至るまでに、色々なところからそれを避けるためのサインが出ています。

自己中心的になりすぎたり、無関心を装いすぎたりすると、予期せぬことがその先に待ち構えることになるので気をつけなければなりません。

結局、どんな状況も自分の行動が引き起こした結果なのです。

 

人生の転機に起きることがあるとするならば、それはあなた自身が無関心のスイッチを切り、行動していることこそがその兆候だと言えるでしょう。

直接的にしても間接的にしてもドン底状態はただのきっかけであり、最悪な状況から抜け出すために必要なのは、結局のところ、自分の行動以外にあり得ないということですね。

 

とりあえず、行動しましょうぜ。