「若い時の苦労は買ってでもしろ」

 

これは昔からよく聞くことわざですが、若い時の苦労は買ってでもしろというのは実際どうなんでしょう?

というのも、この言葉は若い人の間では不人気らしく、これについては僕自身も、若い頃、決して好きな言葉ではなかったからです。

 

ただ、「若い時の苦労は買ってでもしろ」という言葉は、年齢を経るほどに重みが増してくるのは確かです。

それに、このことわざ自体、どの立場の人が使うかでかなり意味が変わってきます

 

なので今回は、「若い時の苦労は買ってでもしろ」という言葉の本当の意味について話をしていきたいと思います。

 

「若い時の苦労は買ってでもしろ」は若者に敬遠される?

「若い時の苦労は買ってでもしろ」は若者に敬遠される?

 

もし、あなたが10代だとして、

「若い時の苦労は買ってでもしろ」

と言われたら嫌悪感を抱くかもしれません。

 

実際、今の若い世代からも、あまり良い印象を持たれていないところがあります。

たとえば…

 

「命令口調が嫌」

「ブラック企業的な考えに思える」

「若者への搾取というイメージが強い」

「苦労が目的になる心配がある」

 

といった感じで、本来の良いイメージとは真逆であることが多いのです。

 

僕も若い頃を振り返ると、「ただでさえ勉強勉強で大変なのに、これ以上苦労しろって、大人は何を考えてんだ!?」なんて思ってました。

人によっては、「大人は自分が楽したいから、若い人に面倒なことをやらそうとする意図が見える」とまで考えることもあるようです。

いつの時代も、「若い時の苦労は買ってでもしろ」という言葉は、若者から敬遠されがちということですね。

 

たしかに、これまでの時代を考えると『年功序列』が頭にあるので、年配者から若者へと使われがちなこの言葉に違和感を抱くのは無理はないでしょう。

年功序列自体がある意味において『常識』だったので、年配者がこの言葉を使うと抵抗を感じるのは、若者たちにとっては自然なことなのかもしれませんね。

 

「若い時の苦労は買ってでもしろ」本来の意味

「若い時の苦労は買ってでもしろ」本来の意味

 

ただ本来の意味においては、「若い時の苦労は買ってでもしろ」という言葉は非常にポジティブなものです。

 

一番わかりやすいのは、

『苦労』『チャレンジ』

へと変換してみることです。

 

つまり、若い時の苦労は買ってでもしろを、若い時のチャレンジは買ってでもしろに置き換えると、苦労だけでなく成功を手にする可能性があることがわかってくるからです。

 

特に若い時であれば、チャレンジして失敗してもリカバリーしやすいというメリットがあります。

これは、35歳を超える辺りにならないと実感できないものですが、若い頃のリカバリーの早さや体力的・精神的な回復の早さは『ボーナスステージ』に等しいものです。

もちろん、リカバリーの早さだけがメリットではなく、若いうちに苦労をしておくと、人生のマイナス面への理解が深まる分、人間的な幅が広がっていきます。

人生の逆境は、成長と謙虚をもたらし、他人への思いやりを深めます。

そのことを学ぶのが早ければ早いほど良いことは言うまでもないでしょう。

 

視点をどこに置くかで変わる言葉の意味

視点をどこに置くかで変わる言葉

 

「若い時の苦労は買ってでもしろ」

このことわざの中には『買う』という言葉が入っています。

この『買う』という言葉が、自主的なものなのか、それとも強制的なものと捉えるかで、このことわざの意味もありがたさも180度変わってきます。

 

この言葉に嫌悪感を抱く人は、大抵、強制的な意味に捉えているケースが多く、本質的な良さを感じている人は、自主的な意味だと捉えられているのかもしれません。

つまり、この言葉が第三者的な声なのか、自分の中の心の声なのかで、かなり印象が変わるということですが、本質的な部分を考えると「若い時の苦労は買ってでもしろ」という言葉は良い言葉なのです。

 

苦労を買わなかった大人はどうなる?

苦労を買わなかった大人

 

実際、若い時に苦労を避け、試行錯誤することない人生を送るとどうなるでしょうか?

当然、人間的な幅を広げることができないだけでなく、打たれ弱く、自分で責任を背負うことに自信が持てなくなってしまうでしょう。

すると、そういう大人が、若い人に向かって「若いうちに苦労はした方がいい」なんて言うもんだから、余計この言葉が誤解され続けてしまうのです。

 

僕も40代になり、日々感じることがあります。

それは、10年前と比べて“体力的”にも“精神的”にも勢いがなくなったことです。

体感的には5年前と比べてもかなり違うので、もしもあなたに夢があったり、やりたいことがあったりした場合、それに付随した苦労や努力はできるだけ早いうちにやっておいたほうが良いと思います。

 

先ほど、「若い時の苦労は買ってでもしろ」ということわざの中の、『苦労』を『チャレンジ』に置き換えるとわかりやすいと言いましたが、若いうちに沢山チャレンジすることに疑いはないでしょう。

社会に出たり、家族を持ったりする年齢になると、チャレンジするにもひとつひとつ覚悟が必要になってきます。

だからこそ、若い時に挑戦することが大切なのです。

 

なぜ「苦労を買え」なのか?

なぜ「苦労を買え」なのか?

 

挑戦には苦労が伴います。

しかし、面白いことに苦労は挑戦しなくても向こうから勝手にやってきます。

 

ここは重要なので、もう一度言いますね。

 

苦労は向こうから勝手にやってくるのです。

 

よく、どんな苦労も過ぎ去ってしまえば良い経験に変わる、と言われます。

ただ覚えておいて欲しいのは、これは“自分で買った苦労”であるケースがほとんどです。

たとえば、小中高とずっと甲子園を目指して野球をやる苦労(努力)は良い経験になりますが、学生時代にずっとイジメに遭っていた苦労は良い経験にはなりません。

 

要は、その苦労が“自分で選んだものかどうか”が重要なポイントなのです。

 

今回の話で一貫しているのは、それが他人から強制されたことであるか、自主的に行っていることであるか、ということです。

どんな人生を選んだとしても、人間、苦労は避けられない。

であるならば、苦労は絶対に自分で選んだ方が良い。

だから、苦労は買ってでもしろ、なのです。

 

苦労を買って人生の資産を作れ

苦労を買って人生の資産を作れ

 

若い時に限らず、「苦労は買ってでもしろ」という言葉を自発的に使う分には、何の問題もありません。

むしろ、人生で達成させたい目的があったり、将来的に楽したいと考えたりしているなら、苦労は買ってでもするのが正解です。

 

人生で成功している人は、誰にも強制されてないものを『あえて自分で買う』ことに価値を見出しています。

自己投資もこれと同じです。

 

たとえば、インターネットツールを使って、半自動家の仕組みを作る苦労(チャレンジ)の場合なら、買ってでもした方が良いことは言うまでもないでしょう。

それが早ければ早いほど良いのも間違いないことで、これに気づいている人は、早いうちに稼ぐ手段を学んで自分の資産を築くことに成功しています。

 

今回の話をインターネットビジネスに当てはめてアレンジすると、「資産を作りたいなら、自己投資してでも早いうちに行動しろ」ということになりますね。

特に今回言いたかったのは、「若い時の苦労は買ってでもしろ」という言葉を一面的に捉えるのではなく、うまくアレンジして自分に取り入れられた人が、これからの時代は勝利していくということですね。

 

これから様々なことわざや言葉が時代に沿わなくなり、それが揚げ足取りに遭う機会も増えてくるでしょう。

しかし、そんな枝葉末節にこだわったところで先に進むことはできません。

もちろん、先に進みたくない時代がくると予感しているからこそ、このような揚げ足取りや枝葉末節にこだわってしまう部分もあるのでしょう。

これは、この先の時代に不安を抱えている人が多いことの裏返しです。

しかし、視点をどこに置くかで、この先の時代の見方を180度変えることもできるのです。

 

人生は自分で切り拓いていけます。

 

あなたはまだまだ若い。

たとえ何歳だったとしても、あなたの人生においては今が一番若いのです。

流されるまま受け入れる苦労ではなく、自ら買った苦労の方が人生は豊かになることを、ぜひ知っておいてくださいね。