世間でよく「お客様は神様です」などと言われていますが、この言葉が色々な意味で解釈されてトラブルが起きてしまうことが問題となっています。

 

まず「お客様は神様です」という言葉は、お店側が使うことばであって、お客さんから使う言葉ではないということ。

だって、神様は「自分は神様です」って主張し始めたらおかしいでしょ?

お店側からしても、主張してくる神様はお呼びでないし、お客さんの方が「お客様は神様だろ?」と言う時はほぼ間違いなくクレーマー化している状態なので、「ウチにはそんな神様は来なくて結構」と思ってるんじゃないでしょうか(笑)

 

そんなことを前提に、今はお客さんよりも「従業員は神様です」とシフトチェンジすべきだと考えます。

なぜなら、現代はインターネットやSNSでみんなが感情を共有する時代だからです。

「お客様は神様です」の本当の意味

お客様は神様ですの本当の意味

「お客様は神様です」という言葉は、元々、演歌歌手の三波春夫さんが公演を見に来てくれるお客さんに対して使ったものだそうです。

それがいつのまにか、一般的なお店とお客さんまで降りてきて、今やサービス業では当たり前のように浸透している言葉となっています。しかし、「お客様は神様です」の本当の意味は、演者と聴衆の関係において使われていたものであり、小売やサービス業のような身近な関係で使われていたものではなかったそうです。

ただ、本来の意味においてはそうだったとしても、お店の経営者や従業員が「お客様は神様です」という精神でサービスを提供してくれるのは、非常に日本人らしくて素晴らしいと言えるでしょう。

 

以前、子供とお出かけをした時に、ある中華料理屋さんにランチをしにいったことがありました。私の子供たちは卵と乳製品のアレルギーを持っているので、出かける時はお弁当持参です。

ちょうどその時、二人の子供が寝ていたので中華料理屋さんに入ったのですが、注文を待っている間に子供が二人共起きてしまい、そのままお弁当を食べさせることにしました。しかし、寝起きだったこともあり、上の子がお弁当を食べてくれません。注文したメニューも、アレルギーがあるので食べられません。

そんな私たちのやり取りを見ていたお店の人たちが、「アレルギーなしの料理を作ってあげようか?」と提案してきてくれたのです。

こちらからそういうメニューがあるかどうかを聞くことがあっても、お店の方から声をかけていただくことはほとんどないので、私はいたく感動し、ご厚意に甘え、家族で気持ちのいい食事をすることができました。その中華料理屋さんは、料理をつくる店主らしき人と女性スタッフの二人だったのですが、言葉に出さずともこちらが「お客様は神様です」と感じるサービスは、きっとずっと忘れないんじゃないだろうかと思います。

 

ひょっとしたら、私たちのような客は神様ではないのかもしれません。

小さな子供を連れて食事に行くと、予想外のことも起きるし、ゆっくり食事を楽しめることの方が稀だからです。

幸運なことに、小さな子供を連れて食事に行くと気遣いのある接客を受けることが多いので助かっていますが、大人同士のお客さんに比べるとテーブルの上も下も汚しがちになりますし、うっかり水の入ったコップを倒してしまうことだってあります。

そんな時に、さりげなくお絞りを多めに持ってきてくれたり、サッと掃除をしてくれたりすると、本当に良いサービスを受けているなと感謝の気持ちに耐えません。

そしてそれと同時に、人を動かすサービスというのは、こういう人たちの気持ちなんじゃないかと思うのです。

「お客様は神様です」で思考停止に陥らない

お客様は神様ですの思考停止に注意

「お客様は神様です」という表現は非常にユニークです。

だって、本当に神様なわけがないので、ある程度ユーモアのセンスがなければ勘違いが起きてしまうからです。

なので、ユーモアのセンスがあることを前提に、「お客様は神様です」という言葉が使われていることは言うまでもありません。

 

しかしサービス業に限らず、一部の人たちが勘違いを起こして、このユニークな表現をそのまま言葉通りに受けてしまっているのは残念なことですよね。

これは、経営者が従業員に社員教育をする時もそうです。

接客を徹底的に教育するために、「お客様は神様です」精神を植え付けること自体を悪いとは思いませんが、それがある程度ユーモアであることを理解せずに目を吊り上げて指導するのはいけません。

 

はっきり言って『罪作り』です。

 

経営者からすると、従業員に失敗して欲しくないという気持ちがあるのでしょうが、「お客様は神様です」と信じ込まされた方は思考停止に陥って臨機応変な対応ができません

何か失敗があった時に、迷惑を被った客側からツイッターに上げるとかネットで晒すとか脅されて、過剰な謝罪や見返りを求められて社会問題になったことがありましたが、これらのニュースは双方が「お客様は神様だ」と勘違いしていたことが根本的な問題となっています。

 

では、そんな勘違いしたクレーマーが来た時はどうすればいいのか?

 

そんな時は、

オメーは神様じゃねぇ

と言いたいところですよね。

 

でもちょっと待って下さい。

もし、あなたが経営者であればそれで構わないのですが、従業員やサラリーマン、アルバイトという立場であれば、上司の意向に沿わなければなりません。これまでの話を読んで「たしかにそうだな」と感じたとしても、もしも上が勘違いしていたらそれに従わなければならない現状があります。

正しいか正しくないかの問題ではなく、経営者からすると、従業員がトラブルの発端になることだけは避けてもらいたいのが本音だからでしょう。

つまり、従業員が思考停止になったとしても、「お客様は神様です」精神を叩き込んだ方がトラブルにもなりにくいし、教える側としても楽チンなので、ついついその方向に流されてしまっているのです。

 

ただ、そんな時代もそろそろ終わりが来ています。

インターネットやSNSで感情を共有する時代

SNSで感情を共有する若者たち

これからの世の中は、インターネットやSNSで感情を共有する時代です。

すでにその傾向は顕著ですが、日本人は基本的に本音と建前を使い分ける性格なので、インターネットやSNSで共有されるのは、特に不平や不満といった負の感情の部分となります。不平不満の共有が始まると、これまで潜在的に持っていた怒りや悲しみといった感情が多くの人の共感を呼ぶことになるのです。

すると、いままで閉塞的な環境で行われていた洗脳教育が世間に出てくることになり、SNSでインフルエンサー(ネット上で影響力の強い人のこと)となる人が、ひとたび「それはおかしい!」と声を上げれば、たちまちその洗脳教育が槍玉に挙げられることになるでしょう。

 

たとえば先ほどの「お客様は神様です」という言葉も、思考停止状態で使っている客が問題を起こせば、すぐにバッシングへの風潮気運が高まります。

いわゆるネット炎上やバカッターのリツート炎上というのも、インターネットやSNSを通じて感情が共有された結果です。

他にもバラエティ番組の表現や演出の規制もそうですが、お笑い界の大御所などが「(バラエティを)やりにくい世の中になった」と嘆いているニュースをよく見かけます。これも、共感されやすい面があるからこその情報共有と言えるでしょう。

 

ただ、ここで視点を変えなければ、この先は生き残っていけません。

以前、電通が東大卒の女性新入社員を過労死させたことがニュースとなり、その後、行政指導を受けて過剰な残業が改善されたことがありましたが、今後もこのようなことが起こる可能性は高いと言えるでしょう。

これはつまり、人の感情がインターネットを通じて大勢の人とつながっていくという認識を持たなければ、この先の時代の変化に対応できないことも出てくるということです。

このまま人々の感情が共有され続けていけば、時代の流れとともにあらゆることが変化を強いられるようになることは間違いないのです。

「従業員は神様です」の時代へ

従業員は神様ですのイメージ

これまでの話を踏まえると、これからは「お客様は神様です」から「従業員は神様です」の時代へと移り変わっていくんじゃないかと思うのです。

これは何も、客が店員のことを神様と思うのではなくて、経営者が従業員を神様だと思うという意味です。

つまり、従業員のことを大事に扱える経営者の会社やお店が、これからの時代は繁盛していくのではないかということです。

 

人々の感情が共有される時代になったことで、良い会社やお店があれば、そういった情報も共有されるのは自然の流れです。

元々、インターネットは情報の共有が目的とされていましたが、SNSが普及したことで感情の共有が容易に交わされるようになり、益々人間社会に近づいてきていると言えるでしょう。

これは要するに、これまでご近所レベルだった口コミや噂が、日本中を巻き込んだものになってきていると言い換えられます。そうなると、従業員を大切にする経営者がいて、それを実践できている会社やお店があれば、みんながそこに注目するようになるということですね。

 

少し前に「仕事は楽しくないのが当たり前」というテーマで記事を書いたのですが、私は、楽しくない仕事を楽しいと思い込ませることには時代的に限界が来ていると思っています。インターネットが普及する前の村社会的な日本なら誤魔化しが効いていたのですが、これだけ感情を共有する時代になってくるとさすがに無理があります。

もちろん、そういう指導方法もあると思うのですが、単純にそういう会社や経営者は魅力的じゃないんですよ。

 

これからは魅力的じゃないものに人は集まりません

私たちは個人でインターネットを使ったビジネスをやっていますが、時間・お金・精神において魅力的なビジネスだと思っています。そして、従業員を雇う会社だって同じように魅力的でなければならないのです。

誤解を恐れずに言うならば、「従業員は神様です」と経営者が言えるようなところに人が集まる時代となりつつあるのです。改めて言うことでもないですが、これは一種のユーモアなので、本当に神様のように思えということではありません。ただ、従業員が安心して働けるような場所を提供できる会社が、この先も生き残る可能性が高いということですね。

 

これからは益々、本質に沿ったことが求められる世の中になっていきます。

人が働くのは、自分が幸せになるためです。

いつまでも「お客様は神様です」と思考停止のままでは、本当に良いサービスを提供することはできませんし、それは勘違いをしたクレーマーを生む原因となってしまします。

 

人は自分の幸せのために働いている時、肉体的にも精神的にも一番力を発揮することができるのです。

会社に尽くすのも、言ってしまえば自分が幸せになるためであり、会社が発展すればその願いが叶えられるという意味においては、経営者にとっても従業員にとってもWin-Winの関係であり、それは非常に道理に適った考え方なのです。

 

インターネットが世界を変えて久しいですが、インターネットを使える人が良い情報をつかめる時代において、まだまだ本質的なところまでたどり着いていない人が沢山います。

しかし、そこに気づかない限り仕事は楽しくなりませんし、将来に不安を抱えたままではあなたの中にある最高のパフォーマンスは発揮できません。

その問題を解消するには、良い経営者の元で働くか、自分で舵取りをしていくしかないのではないでしょうか。