現代人は「仕事をしたくない」と感じた時に、病気や新型うつではないかと不安になるそうです。

 

はっきり言うと、

わかるわ…

って感じです。

その気持ちが痛いほどわかる。

 

仕事したくないとか働きたくないとか、思っちゃいけない風潮ってありますもんね。

言うても、国民の三大義務の一角なわけだし、ちょっとマジメに「仕事したくない」とか漏らすと、

大丈夫?

とかって本気で心配されますからね。

そんなリアクションがくるから、「あれ、やっぱりマズいんだ?」とかって思っちゃって悪循環にハマっちゃう。

 

でも結論から言うと、仕事したくないのは当たり前。

フツーなの。

それが普通。

仕事したくないとか働きたくないっていうのは、”今”の仕事が嫌だったり、頭で想像した”大変そうな”仕事をしたくなかったりってことなんですよね。

 

今回は日本人のホンネとタテマエに隠された仕事についての話をしようと思います。

仕事をしたくないというのは病気じゃない

仕事をしたくないというのは病気じゃない

仕事って生きていく上において欠かせないことですよね。

周りを見渡しても、大抵の人は何かしら仕事に就いていますし、普通に考えれば「働かざる者食うべからず」というのが共通認識だと思います。そんな世の中じゃ、「仕事をしたくない」なんて思うことすら間違いなのかもしれません。

そんな世の中の間違いについて本気で考え出すと、自分は病気や新型うつなんじゃないかと不安になってくるものです。

 

ただ、冒頭でも話した通り、仕事をしたくないというのは病気ではありません

「いや、これは新型うつだ」と言う人もいますが、仕事したくないのが理由で、わざわざ”新型”と冠をつけてまでうつ病にさせようとする世の中って一体何なんだ?

人間というのは、「仕事」と名のつくことはやりたくないのが自然なんですよ。

そこを勘違いしている人が、結構多いんですね。

 

誰が言ったか知らないけれど、「仕事はマジメにやれ」とか「仕事から逃げるな」みたいなことは疑いようのない正論として使われていますよね。これは私がサラリーマン時代からずっと思ってたことですが、そういうことをいう人に限って「オメーみたいにはなりたくねぇよ」って思ってましたよ、はっきり言って。

まぁ、はっきり言うと怒られるので、口に出しませんでしたけど(笑)

 

でもね、このご時世だからそれが当たり前のように思われているかもしれないんですけど、人の本音から考えると、仕事は適当にやっていたいものなんですよ。

本当は誰も過労死なんてしたくないし、新型うつとかそんなものになりたいわけじゃない。そんなことで、遺族に賠償金が支払われることを望んだり、精神的に病んで会社を休みたいわけじゃない。本来、そんなものは人生にまったく必要ないことなんですから。

 

傍が楽になるように身を尽くせとか、正しいことだってわかるんだけど、「それってなんで?」とかって思っちゃう。本当はやりがいなんかより、人並みに豊かな生活ができて、週休二日、盆と正月とゴールデン・ウィークくらいはゆっくり休みたいってのが本音だし、もしも宝くじ3億円でも当たろうものなら、とりあえず一回仕事辞めますって言う人はいくらでもいるんじゃないかな?

 

これってつまり、本音を言えば仕事なんてしたくないんですよ。

こんなに豊かな時代なんだから、それなりに食べていける程度に健康でいられたらそれでいいと考えるくらい、別に構わないのではないでしょうか?

仕事したくないと考えることは悪くない

仕事したくないと考える女性

私自身、仕事したくない代表みたいなところがあります。

コンビニ店員、レンタルDVD店員、居酒屋調理補助、ライブハウス店員、結婚式場スタッフ、ウォーターサーバーの訪問販売員、工場スタッフ、配送スタッフ、看板製作業、介護職など、アルバイトを含めて色々な仕事をしてきましたが、休日よりも仕事してる方が楽しいと思えるようなものはひとつもありませんでした。

当たり前といえば当たり前ですが、もしも面接でそんなことを言えば確実に落とされるはずなので、そんなことを言ってはいけない風潮であることは間違いないでしょう。

 

何が言いたいかというと、どの仕事も、もっと給料を上げて欲しかったし、それでいてもっと自由に休みが欲しかったんですよ。つまり、ずーっと仕事なんてしたくなかったのが正直な気持ち。

でも、仕事を辞めて生活保護でも申請するかと言うと、それも何かちょっと違う。

ただ、本来そんなにしたくない仕事に対して、「仕事を好きと思え!」みたいな感じで同調圧力をかけてくる世の中の風潮が嫌なんですよ。

 

そんなクソみたいな世の中で

病んでたまるか!

って思ってましたよ。

 

それで、自分でビジネスを始めてみたら、今までの自分は我慢大会に強制参加させられていたことに気づくことができたのです。皮肉なことに、それは誰かが強要したことではなかったことも…。

この世の中を一歩退いて眺めてみると、仕事を適当にやって、土日もしっかり休みたいからといってサラリーマンになる人って結構多いんですよ。

じゃあ、自分でビジネスをしたり、自営業を営んでいる人は、仕事が好きだからそういう道を選んだのかというと、それも違うんです。私が正にそうなんですが、「自分でビジネスをした方がラクできるんじゃないか?」と考えたから、そっちの道に進んだというのが本音なんですよ。

 

その時に気づいたのが、やっぱり「仕事はしたくない」という思いが自分の中にあること。そして、大勢の人が同じような思いを抱いていること。

それを「いけないことだ」とか、「仕事はしたくないと考えるのは病気だ」とか言い出すと、ホンネとタテマエのこの日本社会では益々生きづらくなるということですね。

「仕事したくない」から始めよう

仕事したくないと開き直った女性

仕事したくないという感情は、何もおかしなことではありません。

私なんて学校を卒業してからずっと思ってることなので、私自身は自信を持ってそのことを主張します(笑)

 

ただ、仕事したくないから仕事しないという生き方は、場合によっては『詰み』となってニートか生活保護のお世話になってしまうので注意が必要です。

なので、「仕事したくない」というところから始めましょうよ。

 

こんなこと言うと、「お前は無責任だ」と思うかもしれませんが、私は、自分自身が舵取りを誤って人生を無駄に過ごすことが一番の無責任なことだと考えています。だからこそ、過労で倒れたり、精神を病むまで身体を酷使したり、頭が思考停止状態になって問題を見過ごさないためにも、こういった視点で話をすることは大事だし、頭の体操にもなって良いのではないかと考えます。

 

話を戻しますと、巷ではよく「好きなことを仕事にする」という言葉や、好きなことを仕事にするというテーマの本などがありますが、その裏に隠されているのは、やはり「仕事したくない」という本音なんじゃないかと思うんですね。

 

つまり、好きなことや楽しいと思うことを仕事にするにも、出発点は「仕事したくない」というところから始めたほうが良いんじゃないかということ。

そして、仕事はしたくないものだというのを前提に仕事をする、ということも大事です。一見、後ろ向きな考え方に思うかもしれませんが、これは前向きな意味で言っています。要するにこれは、“仕事したくないのは当たり前だから、その分見返りが大きいことをやる”という順序で仕事を捉えようということです。

 

私の場合だと、現在やっているビジネスがそれに当たります。

ビジネスは決して簡単ではありませんが、会社を辞めたら縁が途切れるような人たちにノルマを課せられたり、説教されて仕事したりしなければならない状況よりは、精神衛生上はるかに楽チンです。

 

今考えると、なんであんなに怒られたんだろうと思うことはひとつやふたつではありませんし、後輩だからって弱い立場に立たされてしまう組織という環境は、合理性という面においては良いかもしれませんが、足元を見られてる感じがして、決してフェアでは言えないというのが正直なところです。

 

さらに懸念すべきところは、その環境がイビツな価値観を作る原因になってしまうところです。

きっと、みんな本当の気持ちを吐き出せないから、正論で弱い者を叩く構図が成り立っちゃうんだろうし、それは仕方がないというあきらめムードになっているのは、本当に残念なことでしょう。

願わくば、その犠牲者にならないように努めることですが、そんな環境に身をおいている限り、いつ自分や身内が被害者になるかは誰も読むことができません。

 

もしあなたが、「仕事したくない」と悩んでいるなら、私はそれが普通だと言いたい。

むしろ、いままでアクセルとブレーキを同時に踏み続けて、よく壊れずに走ってきたねと労って上げたいくらいです。つーか、そのまま進み続けてたら、本当にぶっ壊れてたかもよ?

 

道はいくらでもあります。

その道を選ぶ前に、仕事したくないという気持ちに気づくことが大事です。

 

なぁに、仕事したくないと開き直れたら、そこからまた選択肢が出てきますよ。

疲れた時は、少し休んでもいいじゃないですか。

 

少なくとも、私はそう思いますよ。